2019年創刊号

産婦人科医として子宮頸がん予防に思うこと

日本の子宮頸がんの現状―「子宮頸がん大国へ」

子宮頸がんは30〜40代の若い女性に発症することが多いため、子宮頸がん予防は国際的に重要な保健問題です。子宮頸がん予防は、がんの原因となるヒトパピローマウィルス(HPV)感染予防のため10代以下の女性が受けるHPVワクチンと、成人女性が受ける検診との2本柱で構成されています。ここでは特にHPVワクチンについてお話ししたいと思います。

HPVワクチンは2007年に開発以降、発展途上国も含む約100カ国で使用され、2014年時点で6千万人もの若い女性が接種を受けています。世界で初めて接種を開始したオーストラリアではそれぞれ80%以上のHPVワクチン接種率と頸がん検診受診率により、2015年に10万人に7人だった子宮頸がん罹患率が2028年には4人に減少、20年後には“撲滅レベル”に達すると試算されています(Lancet 2018)。一方で2018年の日本の子宮頸がん年齢調整罹患率は10万人に14人とオーストラリアの倍です。さらに日本のHPVワクチン接種率は1%未満、頸がん検診受診率は35%程度です。近年では発展途上国でも積極的にワクチン接種が行われていることを考えると、現状が改善しないとすれば日本は近い将来に世界でも突出した「子宮頸がん大国」になるでしょう。

日本では2010年に公的補助下のHPVワクチン接種が可能となり、2012年には対象年齢の70%以上が接種を受けました。しかし2013年にHPVワクチン接種後に慢性疼痛や麻痺が生じるとする報道を契機に世論は反HPVワクチンの方向に流れ、国がHPVワクチンの積極的勧奨を中止、2014年のHPVワクチン接種率は1%未満に落ち込みました。この状況を打破すべく、多くの研究グループがHPVワクチン後の症状について調査解析を行いました。そしてHPVワクチンとの直接的因果関係が見出せる事例は稀であり、接種後症状が出たと言う女子の大半は軽快してゆくことを示しています。同時に万が一症状が出た方に対しても手厚いケアが受けられるよう専門医療機関のネットワークを構築し、国民が安心してワクチン接種を受けられる環境を整えました。

日本での問題を受けて諸外国でも同様の副作用調査が行われ、WHOや子宮頸がん関係の国際学会・団体は「ワクチン接種による副作用は出現しうるが、HPVワクチンによる出現率や重症度は他のワクチン(麻疹や風疹など)と同程度である。一方でワクチンの子宮頸がん予防効果は高い。したがってHPVワクチン接種は引き続き推奨されるべきである」との結論に達しています。そして「非科学的な根拠に基づいて国民の健康に有益な方策を停止する事はあってはならない」と日本を名指した勧告まで出しています。しかし現在も日本のHPVワクチン接種率は低いままです。どうしてでしょうか。

HPVワクチン接種についてー保護者の責任ではないし、その際には社会が支援する」というメッセージを明確に伝える必要がある

「国よる積極的勧奨の中止」とはすなわち「打つか打たないかは親の責任」という事です。ワクチン接種を受けるのは自分ではなく我が子です。社会全体が「HPVワクチンは怖い」と言う風潮の中で、「自分の決断で」「我が子に」接種させることは大変な重責です。さらに人々に与えられる情報には偏りがあって、HPVワクチンの副作用報道は多くあっても子宮頸がんで苦しむ女性たちの姿は公開されることはありません。子宮頸がん予防の意義が理解できないのだから「とりあえず打たない」と決断する親の心情は至極当然でしょう。このことを考えると、HPVワクチンを再開させるには、ワクチンのメリットとデメリットを冷静に示した上で国が毅然とワクチン接種を推奨するとともに、万が一ワクチンに関連する事象があったとしても「保護者の責任ではないし、その際には社会が支援する」というメッセージを明確に伝える必要があります。そのメッセージを伝えるため力を発揮できるのは本冊子の読者である保健教育や行政に関わる方々です。

日本だけでなくアイルランドでも、2016年に一部マスコミの加熱した副作用報道のため80%超であった接種率が50%へ低下する社会現象が生じました。アイルランド政府は即座に様々な対応をとりますが、特に「信頼を取り戻すには保護者に直接訴えなければならない」として地域の保健・教育関係者に子宮頸がん予防に関する再教育プログラムを実施し子供達や保護者に適切な説明を可能にする対応を行なっています。その結果翌年に接種率は70%まで回復しました(2018年Lancet “ Rapid response to HPV vaccination crisis in Ireland“)。この事例を持ってしても、がん教育に携わる皆さんが子宮頸がん予防について正確な情報を得た上で若者やその保護者たちに直接正しい情報を伝えてくださることが、日本の現状を打破するのに重要であることがわかります。

子宮頸がん予防とは・・・人生を奪いうる疾患を自らの力で防ぐことに他ならない

世界には今も女性ゆえ制限された人生を送る女性が多くいます。一方で現代日本の女性は自分の意思で、安全に、健康に人生を歩むことができます。この環境は自然に降ってきたものではなく、先人が私たちの幸せのために努力して整えてくれたものです。私たちには自分自身の心と身体を守り、この幸せを次の世代に繋いでゆく義務があると思います。子宮頸がん予防とは、女性特有の臓器である子宮の、人生を奪いうる疾患を自らの力で防ぐことに他なりません。日本はHPVワクチン接種率だけでなく子宮がん検診受診率も突出して低いのです。ワクチンの副作用を怖く感じたり、婦人科検診を受けることが恥ずかしい、という心情はよくわかります。しかし現実から目を背けて漫然と逃げて回るのは自立した個人のあり方ではありません。若い女性たちが子宮がん予防教育を通して健康を自己管理する力を養い、女性としての幸せな人生を主体的に歩んでくれることを願っています。

日本大学医学部附属板橋病院産婦人科
准教授 佐藤美紀子
佐藤美紀子

佐藤美紀子

神奈川県鎌倉市出身、横浜市立大学医学部卒業。
同大学大学院医学研究科修了。医学博士。

横浜市立大学附属病院産婦人科准教授ならびに化学療法センター長を経て、現在、日本大学医学部付属板橋病院婦人科科長。医師として臨床の傍ら患者支援にも尽力し、患者会のサポートにも力を入れている。
【専門】婦人科腫瘍学・婦人科病理・化学療法・がん患者支援

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